「雲の先の修羅」 リレー読書会 報告その一
ご老体 : 2010/01/12(Tue) 19:41
No.142
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ご老体様
Y君から昨年、Fの会の忘年会で本を預かりました。
次は、またFの会のメンバーの旦那さんに回す予定です。
以上、途中報告まで。
『雲の先の修羅・東信堂 半沢英一著』を読んで
Y君からのリレー読書 j・A 生
私は司馬遼太郎の『坂の上の雲』をまだ読んでいないのでそれについてコメントできないことを前提にしてこの感想を書いています。
私は1995年から2000年まで仕事の関係で韓国に住んでいました。それ以後韓国ウオッチャーを自任していますが、お恥ずかしい話、そこではじめて日清・日露の戦争が朝鮮半島の覇権争いだと知りました。
その頃の物資や兵力の輸送は鉄道や船に頼っていたので戦争に勝つたびに線路敷設や港湾の権益確保に奔走しています。プサン港・インチョン港や満鉄などがその好例です。平時には物資の輸送、戦時には軍隊や資材の輸送には不可欠でした。そしてそれが日中戦争から第2次世界大戦へと進んでいきます。そして広大な中国大陸や太平洋を戦場にすることや制空権をなくしてロジスティックの破たんから敗戦につながっていきます。
『ちいさな。といえば、明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう…。』 NHKのテレビドラマのはじまりに流れるNRを聞くたびに第2次大戦前に教育を受けた人の口癖を思い出します。私の母(1923年生)もちっぽけな国、日本と言います。 でも、世界には小さな国は沢山あります。日本は人口・国土面積でも大きな国のほうです。だから正確には『小さな帝国主義国家。』と表記すべきです。
さて、司馬遼太郎も小説家です。『坂の上の雲』は、夏目漱石・正岡子規を横糸に秋山兄弟にスポットライトを当てて司馬遼太郎のフィクションだと思います。また、歴史にはいろいろな角度からの見方があります。司馬遼太郎の歴史観に対してクレームすることには意味がないと思っています。
今をときめく佐伯泰英が『陽炎の辻』のあとがきでこう書いています。
『そんなとき、私は古い地図をひたすら見詰める。すると絵地図の向こうに江戸の家並みがすうっと浮かび上がる。やがて大家の金兵衛の風貌や鰻捕りの幸吉少年の体つきが像を結び始める。 そうなればしめたもの。あとはそれぞれが勝手に一人歩きを始める。ああしろ、こうしろ、と作者に命令する。 こんなとき、小説家であることの至福を感じる。』
そうです。小説は面白いか?面白くないか?それが命です。 |
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